
Artist : 朝吹真理子 / 小説家
1984年、東京生まれ。2009年、「流跡」でデビュー。2010年、同作で第20回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を最年少受賞。2011年、「きことわ」で第144回芥川賞を受賞。他の著書に『TIMELESS』(2018年)など。
2017年、自作小説の朗読で仏ポンピドゥー・センター・メス「Japanorama : A new vision on art since 1970」展に、2023年、アンビエントをテーマにした視聴覚芸術の展覧会「AMBIENT KYOTO 2023」に参加。
TH:なるほど。それくらいの、日常とシームレスに繋がるんだね。イメージがすごく掴みやすい。喫茶店に行くとき、普段からあまりカチッとした格好はしない方?
MA:うん、そうだね。“書ける服”は、やっぱり気を遣わないリラックスできる服が良いな。
TH:素材で言うと、ジャージとかも候補に入る?
MA:うーん。ジャージはあまり履いたことがなくて。中学校の時に履いてたアディダスのジャージくらいしか経験がない。
TH:そうすると、ジャージ以外の素材の方が、朝吹さんにとってはより馴染むのか。ちなみに、普段のパジャマのウエストはゴム仕様が多い?
MA:ウエストはゴム仕様が多いけど、紐で結ぶタイプもあるし、紐だけでウエストを絞るタイプもある。あと、本当のパジャマの場合だと、私はトップスをボトムスの中にインして着ることが多いんだ。
TH:へえ、そうなんだね。
MA:でも、インしたままお外に出るのは、ちょっと恥ずかしいから外出するときは出すと思う(笑)。うまく言葉にできないんだけど、(自身が着用している服にそっと手を触れて)例えば、こういうかわいいワンピースを着ていると、お洋服がかわいいこと自体にも気が取られちゃう。
TH:それは僕にはあまりない感覚かもしれない。先ほどの話にも繋がるけど、気が散っちゃう、っていうより、洋服に気が引っ張られてしまう、っていう感じかな。
MA:そう。それで、一番理想的なのは、朝早く起きて、お水を一杯飲んで、そのまま書き始められる、っていうスタイル。特に制作の締め切りが迫ってるときは、もうそのままの格好で一日中ずっと書いていたいんだけど、家だとベッドが近すぎて、ついまた眠くなっちゃうんだよね(笑)
TH:(笑)。それはあるよね。
MA:それで、なんとか気持ちを奮い立たせて、外に出て喫茶店で書いたりするんだけど、そんな時点ではもう、お洋服を選ぶ余裕なんて全くないの。半分は小説の世界、半分は現実、みたいな感覚にいるから。だから、もう、寝ていた格好のままお外に出て、そのまま喫茶店で書けたら、本当に、もう、すごく嬉しい。太郎さんが作ってくれるものだったら、パジャマがパジャマじゃなくなりそう。私にとってはパジャマだけど、周りから見たらお外着にも見える、っていうような具合に。
TH:そういった独特な境界線があいまいなものが、意外と世の中にはないかもね。ちなみに、今回のパジャマは、オールシーズン着られる方が良い?
MA:オールシーズン対応できると嬉しいな。冬は、パジャマの上にコートを羽織る感じで、夏は、ちょっと袖をまくって着る、みたいな。私は長袖のお洋服を愛してて、夏でも長袖を腕まくりして着るのが好き。
TH:襟は、あった方がいい?
MA:あっても、なくても、どちらでもいいかな。冬は、中にタートルネックを着ると思うし。あ、襟があっても全く平気だけど、大きすぎる襟だと、これもまた着ているときに気になっちゃうから、小さめの方が良いかも。
TH:なるほど。シルエット感なども見えてきた気がする。少しだけ話が脱線しちゃうんだけど、この“ARTIST WARDROBE”っていうプロジェクトだと、これまでの参加者を見てると、あんまりスカートが出てこない感じがしてるんだよね。朝吹さんもそうだし、(サウンドアーティストの)細井美裕ちゃんもそう。これからもし女性のアーティストなどとご一緒していく時に、あまりスカートのイメージが湧かないかもなあと。
MA:例えば、クラシックのミュージシャンの方だったらドレスを作ってほしい、といった要望もあり得るよね?
TH:そういう、表舞台のためのドレスっていう方向には、作家の生活と密接なユニフォームを考えているこのプロジェクトはあまりならない気がする。
MA:そうなんだ。確かに、ユニフォームとして考えると、また少し視点が変わるね。
TH:今のところ、表舞台での本番や発表の場で着るためだけの服、っていうよりは、最終的に、その作品を準備してる期間、あるいは作品を制作してる過程にふさわしい服が多いんだよね。
MA:作ってる時間の方が、発表してる時間よりも圧倒的に長いからね。外に出て、華やかで綺麗な雰囲気でいる、っていうよりは。
TH:それに、発表のお披露目のときは、毎回シーンやシチュエーションが違うことが多いし、その時のテーマだとかも深く関わってくるじゃない。
MA:そうだね。お衣装さんがついたり、っていうこともあるしね。
TH:そうそう。だから、この“ARTIST WARDROBE”では、きっと、そういった華やかなものとは少し違う、生活や内面的な部分と結びつく服なんじゃないか、って考えていて。
MA:もしかしたら、ズボンが物理的に履きにくい、着たくないという女性もいらっしゃるよね、きっと。
TH:うん。だから、そういう生活スタイルや、あるいは個人的な意識、態度を持っている方がいたら、それはこのプロジェクトにとってのやりがいだし、僕個人としても、ものすごく面白いと感じるだろうな、と思ってる。ユニフォーム的な視点から見たスカートのあり方を考えるきっかけにもなるかもしれない。
MA:きっとそうだね。例えば私は、シルクのネグリジェなども肌触りが気持ちいいな、とは思うんだけど、ネグリジェは夏以外は冷えて駄目なんだよね。あと、寝て起きて、しばらく家の中で寛ぐための服としては最高なんだけど、いざ寝るときとなると、やっぱりパジャマの方が断然良いな、と感じる。私の母なんかは、長袖で、ワンピースのような形のパジャマ、いわゆるネグリジェが好きで、それはそれでロマンチックで素敵なんだけど、私自身が今、日々生きてる生活には、少しロマンチックすぎる。そういう意味で、同じ寝るための服でも、ネグリジェは、太郎さんの言う私の生活に深く寄り添う“ユニフォーム”ではないように感じるな。
(ワードローブ完成後、二度目の対話へ)
TH:以前、朝吹さんとお話ししたのは、本格的にパジャマの制作に入る前だったよね。
MA:そうだったね。私にとって、書く時間と寝る時間は同じくらい大切で、しかも今書いている小説が夢の小説だから、その気持ちも重なっていて。小説『ゆめ』の主人公の少年は、自分がこれから先に知ること、あるいは自分が生まれるよりずっと前の時間や場所のこともみてしまったりする。今回は、その小説の話も結構な頻度で太郎さんはきいているから、『ゆめ』を、太郎さんが想像して、このパジャマに形にしてくれたんだな、と思ってる。
TH:うん。振り返ると、朝吹さんが『ゆめ』を執筆している時間と、このパジャマの構想・制作期間が、並行してるような感覚だったよね。
MA:同時だったね。現代では、夢は、深層心理のように考えられているけれど、近代以前は、夢はもう一つの現実であり、場合によっては現実よりもずっと強い、生々しい力を持っていたと考えられてた。夢っていうのは、ただ身体に入ってくる、つまり見るだけだと、見ただけではまだ自分のものにはできないものだった。自分でその夢を、どういう意味を持つ夢なのかを「夢解き」をしたり、あるいは誰かに話を聞いてもらったりすることで、初めてその夢を自分のものにできた。さらに、昔は夢を「交換」もしてたっていう記録もあるし、夢が買われたり売られたり、みたいなこともあった。そういう、近代以前の夢の感覚が私は好きだししっくりくる。
TH:夢を売り買いするっていう発想、夢を自分のものにする、っていう発想、どちらもすごく面白いよね。そもそもこのプロジェクト自体が、コロナ禍っていう、必然的に家にいる時間が増えた状況下で構想を始めたものでもあったから、多かれ少なかれ「家にいる時間」っていう要素はプロジェクトの構想に影響を与えていた。だから、朝吹さんのパジャマというワードローブのアイデアにも、すごく自然な流れで入り込んでいけたのかも。
MA:私が覚えてるのは、(陶芸家の)黒田泰蔵さんのお宅に伺った時に、太郎さんが着ていたthのメルトンコートを黒田さんが気に入られて、「そのままのコートでは重いだろうから軽さを加えてカシミヤで作ろう」と制作したことが、この企画に繋がった、っていうことだったよね?
TH:そうそう。それが、このプロジェクトが始まる、自分の中ではとても大きなきっかけだった。
MA:そこで、太郎さんが「朝吹さんも何か一緒に作ろうね」って声をかけてくれて。「それはとても嬉しい!」っていう話をしてたら、ちょっと時間が経って、今回のプロジェクトに結びついていった、っていう流れだった。
TH:僕は、強いて言うなら、服を作ることが好きというよりは、服を通して人とコミュニケーションする事に興味があるんだと思うんです。それが、このプロジェクトの中で少しずつ形になって達成され始めてるから、すごく嬉しいし、そこがデザイナーとして最も面白いと感じてる部分でもある。僕の中にものづくりにおける、強い“エゴ”みたいなものは、あまりないんです。一方で、デザイナーっていう立場から、やはり自分が好きな人、惹かれる人のために服を作りたい、っていう気持ちは強くある。好きなアーティストの方々や、興味をそそられる、様々な分野の方々の服装にも、当然、すごく関心がある。
MA:もし、全く興味のない人の服も作ってほしい、って言われたら、どうなるの?
TH:それは、なかなか挑戦的な状況かもしれない(笑)。これまでに経験したことがないから。最初は黒田さんのために制作し、その後、辻村史朗さんという素晴らしい陶芸家の方のためにも作らせていただいた。僕自身が惹かれるクリエイターやアーティストとの、対話的なコミュニケーションに魅力を感じるし、単に「どんな服を着たいか」っていう装いについての会話だけでなく、その人の思考プロセスや価値観を知ること自体に、強く興味があるんだと思う。自分のことよりも、今は他者に対する好奇心の方が、はるかに強いね。例えば、作品との直接的な関連性がなくても、その人自身のパーソナリティや生活スタイルと、生み出す作品との間にあるコントラストに、面白さを見出すこともある。
MA:うん、そうだね。太郎さんは、まさに「おあつらえ(御誂え)」の世界に、すごく向いてるような気がする。
TH:「おあつらえ」っていうのは、どういうニュアンス?
MA:誰か特定の人の、特別な要望や、その人のためだけに作り上げていく、っていう。アーティストワードローブはお誂えだと思う。
TH:オーダーメードやクチュール、ビスポークだとか少しフォーマルな概念と比べると、自分の中ではもっと親しみやすいニュアンスを持っていたんだけど、確かに、このプロジェクトでやってることは、「おあつらえ」的な行為なのかもしれないね。
創作が交差する。
MA:パジャマを着ての撮影も行ってきたよね。太郎さんのご実家の方で。
TH:そうそう。僕の生まれ故郷であり幼少期を過ごした新潟の海で、お正月の、それはもう極寒の中、日本海沿いをパジャマで歩かせてしまった(笑)
MA:歯が鳴りました(笑)。金沢かどこかにみんなで旅行をしたときに、太郎さんが「僕の一番最初に覚えてる記憶の一つが、この日本海なんだよね」と話していたのを覚えていて、「ゆめ」だから、撮影は、海じゃないか!となって。
あの日は、海の向こうで雪が降っていて、でも浜の方は晴天で。奇妙だったよね。無人の海浜をパジャマ一枚だけで歩いていったんだよね(笑)。それに、新潟の冬って、ほとんど晴れないって聞いてたから、きっと一日中曇天だろうな、と思ってたら、雲が晴れて光がとつぜん差したりして。特別な一日だったように感じる。
TH:不思議な写真が撮れたよね。これで、ようやくこの「ゆめ」パジャマも完成した。
MA:一度だけフィッティングに行かせてもらったんだけど、もうその時点で、パジャマが既にほぼ完成されていた(笑)。私、太郎さんのお洋服の感覚が好きだから、「あ、もう、ぜんぶ太郎さんにお任せします」と。あたるもそうだったんだよね。
TH:そうなんだね。人によっては、結構、細部の修正が必要だったりするんだけど、朝吹さんとのフィッティングは驚くほどスムーズだった。
MA:素材や色の話も、ほとんどしなかったよね?
TH:うん。大抵の場合、ディテールの議論になったりするんだけどね。あのフィッティングのスピード感は、本当にすごかった。
MA:あ、でも、唯一、洗えたら良いなって話をしたら、最終的に、洗えないやつがきた、っていう(笑)
TH:(笑)。いやいや、ちゃんと洗えるよ!ただ、総じて、これまでの制作とは少し異なる、特殊なパターンだったと思う。このパジャマには、大小様々というと大袈裟かもしれないけど、允を含めた僕たち3人が、あるいは僕と朝吹さんが、日常の中で共有してきた物事が、たくさん混入してる。物語というか、背景というか。
MA:そうだね。溢れてる。
TH:こういう、誰かを想定するタイプの服作りだと、一般的には、最初にじっくりとインタビューというか、聞き取りをしたうえで製作が始まることが多いと思うんだけど、今回の場合は、その順序が少し特殊だった。僕たちの日常の出来事が自然な形で入り込んでるし、お互いの創作に影響を与え合ってる、っていう感覚。偶然にも、朝吹さんの新しい小説『ゆめ』と、このパジャマが、ほとんど同時期に世に出るよね。
MA:うん。それも、すごく嬉しい。小説『ゆめ』の装丁は允が描いてくれたんだけど、実はそこにも、太郎さんのエッセンスが加わってるのも。
TH:いつから始まったのか定かではないんだけど、現在進行形で、この3人で、それぞれの制作について、すごく自然に、しかし膨大な量のLINEのやり取りを重ねてきた。允は自身の展示やペインティングの話をして、僕は今作ってる洋服やコレクションの話をするし、朝吹さんは新しい小説について話す。それが、今、なんだかおかしなくらいに混線してるような状態。もしかしたら、僕たちとの話や、グループLINEの中での物語が、朝吹さんの小説の中にも、無意識のうちに取り込まれていくのかもしれないね(笑)
MA:(笑)。太郎さん、数ヶ月間くらい、ものすごい勢いで油絵を描いていたことがあったよね。
TH:うん。3ヶ月くらいの間、毎日何時間も描いて、最終的に200枚くらいになったかな。どういうわけか、自分の中で油絵を描くことにすごくハマってしまって。
MA:それを見ていて、すごく素敵だな、って思ってた。たしか、はじめは海の絵ばかり描いてて、それが、いつか『ゆめ』の装丁の絵になりうるのではないか、っていう話にもなって。そこから、太郎さんが枕だとか、ベッド周りのものを描きたい、っていうふうに気持ちが移っていって、さらに、人間が横たわってる、少し気持ち悪い絵とかも……。
TH:そうそう、描くものが全部、気持ち悪い方向に(笑)。今、僕のベッドルームの四方の壁に、描いた絵が異様な数飾ってある。
MA:うん、最高。そして、その絵を全部、ベッドの上で描いてる、っていうのも、『ゆめ』と重なって、すごく良いなと思っていた。一方、允は当然、プロの画家だから、絵を描き始めたばかりの太郎さんの絵とは、普通ならば混交しないものだと思うんだけど、私たち3人の関係性だからこそ自然に良い形で結びついて、太郎さんが描いた絵も、小説『ゆめ』の装丁に使わせてもらおう、っていう話になっていったんだと思う。あと、3年くらい前だったか、允と3人でクロッキー教室にも一緒に行ったよね。
TH:そうそう、行ったね。美大とか、ヨーロッパでは必ずやる授業だから僕も昔から結構好きだったんだけど、今だと、なかなかああいう機会がなくなっちゃうからね。
MA:そっか、太郎さんも学生時代にやってたんだよね。私も絵を描くのは好き。みんなそれぞれ忙しくて、なかなか実現できてないけど、また行きたいね。
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前シーズンより始まったアーティストワードローブシリーズ第2作品目。今回はthとゆかりのある2人のアーティストとそれぞれのユニフォームを一緒に製作しました。「小説家」の朝吹真理子氏とはスリーピングウェアを上下で製作。ゆったりしたシルエットで肌触りの良いアイテムとなっています。セットでは勿論、単体でも合わせやすくなっています。
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