
Artist : 細井美裕 / サウンドアーティスト
1993年生まれ。マルチチャンネル音響をもちいたサウンドインスタレーションや屋外インスタレーション、舞台作品など、空間の認識や状況を変容させる音に焦点を当てた作品制作を行う。これまでにNTT ICC、YCAM、国際音響学会(AES)、長野県立美術館、愛知県芸術劇場、日比谷公園などで発表。
2025年5月 バービカン・センター(ロンドン)にて新作発表予定。
堀内太郎(TH):このプロジェクトの基本は、美裕ちゃんがどういう制作をしていて、そのプロセスの中で、最終的に「こういったものがあればいいな」と感じるものを見つけていくことにあります。必ずしも機能やデザインに寄らなくてもいいし、もちろん利便性に寄っててもいい。そこは自由です。例えば、リアルにしゃがみやすい、ポケットから物が落ちにくい、というのも確かに便利だし、一方で、その人を象徴するものというのも、ある種の個人的な利便性になり得ると考えています。だから、着想のポイントは本当に自由。美裕ちゃんは、サウンドアーティストとして制作しているものの幅は広いから、どういう視点があるのか楽しみです。
細井美裕(MH):広いですね。規模もいろいろあるので。ただ、このお話をもらう前から感じていた私が今一番「欲しい」というか、いつも「もうこんなことに時間かけたくない」という若干のストレスを抱く瞬間があって。それは、展示期間中や展示制作の時間なんです。
TH:具体的に、服に関しての問題があるの?
MH:私の制作って時間が長くかかる方なので、その過程で記録撮影などをすることがあって。「今日は撮影があります」と決まっている日だったらまだ良いんですけど、急に設営中に関係者が見に来ますとか、カメラを回させてください、みたいなことが結構ある。撮られること自体は全然良いんですけど、やっぱり自分が「どういう人間でありたいか」みたいなものってあるじゃないですか。制作をするための便利な格好と、自分が表に出て誰かに見られたりする時の格好は違うから。そこにストレスが潜んでる。
TH:現場での自分と、誰かに見られる自分が、違うようで重なっていくということ?
MH:そう。私の場合、制作で“籠る"時間はあるんですけど、それを美術館という若干開けた場所で行う謎の時間がある。自宅やアトリエとか作品や物を作る現場だけで完結せず、最終的に展示する場所でも作業する必要がある。もちろん、アーティストによって違いますよね。たとえばペインターの方のように、アトリエにこもって制作期間を過ごすタイプなら私のような悩みは最低限な気がする。私の場合は籠る時間もあるけど、その場所が美術館という“公の場”だったりする。
TH:なるほど、制作現場が作品を発表する場所でもあり“こもる"場所で、しかも、制作段階から開かれた場所でもある、と。
MH:そうなんです。私がすごく思っているのは、作家がちゃんと「きりっと」していないと、インストーラー(設営)の人たちも絶対、態度が変わると思うんです。設営のときで、本当は汚したくないけど、それこそ太郎さんのパンツを履いて行ったりするのは、一番最初の日にインストラクション(指示)をする時。それは、言葉は強いかも知れないけど、スタッフへの敬意の反面で“なめられないようにする”ため。女性だし、まだエスタブリッシュされたアーティストっていう感じでもないし、サウンドアートだし……圧倒的な時間をかけて描いた絵のように分かりやすいものでもないじゃないですか。多分、本番の日以外は。自分がちゃんとしてないと確実にナメられる、っていう感覚があるんですよ。
TH:なるほど。例えば、ペインターは完成した絵を会場に運んだらそれが作品として成立する。本人がたとえラフな格好だとしても、ね。しかもそういう方がキャラクターがたって格好よくも見えたりするし。
MH:はい。私の作品はあんまりそういう「圧倒的なビジュアルがある作品」ではないから。スピーカーの配置を決めて、音を調整して、照明を決めて、という設営に時間がかかるタイプ。さっきの撮影の話もそうですけど、設営中もみんなが興味を持ち出して、何でも写真が上がるじゃないですか。自分もSNSで作業風景をシェアするときあるし。となると、こもっているはずが、「中」が「外」になっていく。美術館での設営中は身内の時間じゃない。
TH:そうか。そのプライベートと思っていた時間や空間が、だんだん公のものになっていくと。
MH:そう。作品のことだけじゃなく、自分の見た目も意識するようになりました。ヘアメイクも同じで、自分でなんとかするより、やってもらったら考えなくていいし、いつもより絶対良くなるから自信がつくじゃないですか。私にとって、現場での服装は、その類だと思うんです。
TH:なるほど、パッと着て……
MH:かっこいいけど現場作業もできる、みたいな感じ。ですけど、それはね、私思ったのは、1枚、私が羽田空港で夜通しで設営するときに、不意に撮られた写真の自分が、あまりにだらしなくて。それを見て「ちゃんとしよう」とも思ったんだけど、音の調整はお客さんがいない時間帯にしかできないから、日中の設営の後、夜中から朝までにやる。だから精神的にも身体的にもボロボロの時間帯なんですよ。
TH:(写真を見ながら)この時は何を着てたの?
MH:もう疲れ切ってて何着てるかも覚えてないんだけど、スウェットに黒い上着を羽織ってたのかな……最後にプログラミングと聞こえ方の調整をしてる、一番大事な追い込みの作業をしてる私の写真。結局、人から見て分かりやすく、求められる写真はこういう「作業してます」みたいな写真になる。椅子も持ち込めないくらい厳しい現場で、ダンボールを折って、ガムテープで巻いて、エンジニアさんが椅子を作ってくれて。
TH:椅子持ち込めないっていうのは安全性みたいなことなんだ。
MH:例えば使わないだろう予備のネジ1本も、数を申請しなきゃいけない、みたいな感じ。だから、あれ持っていきたい、これ持っていきたい、っていうノリで事前に申請してないものは持ち込めないんです。でも、このダンボール椅子で作業してる、みたいな写真って結局キャッチーじゃないですか、作品を作ってる最後の写真として。そこでも結構絶妙なバランスがあるんだけど、今の私は、ここも「発表の場」みたいな感覚があるんです。
TH:だから、裏方っていう気はあるけど、大事なシーンでもあるから、服装も大事だと。
MH:そう。でも、私個人としては、この状態の自分が出ると作品の印象が変わりそうと思ったりするわけで(笑)、だからいつもストレスなんです。でも作業の上では、強くて、楽で、という要素、今回の私のワードローブには必要だと思います。例えば、強度があるけど襟がちゃんとしてたらいいのかな? どうなんだろう。
TH:なるほど、その視点は面白い。でも、これからそういう人も増える気がするんですよ。「裏」だけど、「裏である」っていうことが「表」になる人もいるというか。そういうのがあったら、ある一定のレベル以上に自信が持てて、でも精神的にも身体的にも楽で、みたいなこと……
MH:それってまさに洋服の役割のひとつじゃないですか。洋服って自分がそうなれないけど、そうなりたいっていう意思を身につけられる。それをお金で買うのもそうだし、誰の服を着るかっていう選択もそうだと思うんです。
TH:確かにユニフォームの意味ってそれだもんね。中村圭くんもそうだし、今回作ったパンツを10本買いますみたいなこと言ってくれているのだけど、やっぱり日常の仕事する内容ってベテランになれば何かルーティン化されていくけど、そのときに必要なものって意外と、いつの間にかなくなっちゃったりするんだよね。
MH:そう、だからある時に手に入れたいとも思う。
身体性と空間の認識。
MH:あとは、実務的な視点ですけど、ツナギみたいなパンツも好きで暑かったらここ(上半分を脱いでウエストで縛るジェスチャー)を開く、みたいな使い方もあり得る。ただ、しゃがんだり、脚立に乗ったりするからインナーの線が見えないかが気にはなっちゃう。
TH:なるほど。
MH:男性の現場スタッフが多いし、別に彼らは何も気にしないだろうけども、あんまり薄すぎると、自分が「大丈夫かな?」と思う。そっちに意識が行かないで、気にしなくて済む方がいいな。
TH:自分の安心感のためでもあるんだよね。
MH:うん。例えばツナギがかっこいいから着たいんだけど、座ったときにぎゅんと引っ張られて身体のラインが出ちゃうのかな? とか、そういう細かいところも本当は知りたい。その懸念を払拭できるなら見た目はツナギの見た目が好きなんだけど、分かれてる方が良いのかな、とか。今回、気にして良いなら気にしたい部分かもしれない。
TH:とても大事な点だよね。女性ならではでもある。男性でこういうポイントを言う人はほとんどいないし、「そういうものだろう」という意識も働きそう。
MH:インストール(設営)の現場が、一番、男女の体格差みたいなものがある。それは差別とかじゃ一切なく、要は、力と物理的な問題です。例えば、展示壁を立てる時なんかには、やっぱり男手が必要じゃないですか。その間、女性は布を貼る作業をしたり、比較的細やかな準備とかするんですよ。だからそれで、役割が分かれる。でもそれが効率的。私が壁をやりたかったらやらせてくれるんだけど……
TH:プラクティカルに、しかも自然と役割の分担ができるってことなんだ。
MH:インスタレーションの作品を作るから、施工も自分で手伝えるようになりたいと思って一通り勉強して実践もした時期があって。そのときに、こんなバッサリ男女で分けるんだ、と思ったことがあったんですよ。けど、すぐに、いや、そりゃ分けるか、って(笑)。生物学的に、みたいな話じゃないけど、結果的に人間の性質や本能で線ができてくる。女人結界も、あれって宗教的な話だけじゃなくて、私が聞いたのは、「それ以上奥に行くと、女子供は危なくて戻って来れない」っていう、その危険から守るために結界がある、っていうふうに。私が、奈良県の天川村で、女人結界がある場所で展示したときにそういう話も聞いて。そういうプリミティブなところが、インストールの現場にはあるな、と。
TH:昔からずっと変わらない身体性の問題が、今の現代アートの最前線でも残っている、と。このプロジェクトのコラボレーターが、まだ3人男性でしかないので、新しい視点ですね。確かにそれ、朝吹さんの口から出なそう。
MH:それは逆に良いですよね(笑)
TH:とてもよいと思う。なるほど。
MH:そうそう、だから誤解のないように言うと、「なめられたくない」っていうのには私には多角的に要素が詰まってるんです。作品のクオリティに関わる、特に私が最後まで手を動かし、私の他に手を動かしてる人がいっぱいいる現場っていう視点と、身体への意識の話。それは当然、男性に不満があるとかではなく、自分が何か勝手に負っちゃってることを服でカバーしたいという観点なのかもしれない。
TH:確かに、最後の詰めの作業をしているときに、余計な神経を使いたくないってことでもあるよね。
MH:本当にそう。5%の意識がそこにいってしまう。それもストレスになる。本当はこうやってリラックスして作業した方が集中できるんだけど……そういうスタイルだとちょっとな…みたいな。
TH:なるほどね。
MH:ある時は意識を離せるからダボダボの服を着てたんだけど、ラフすぎる服を着ているとナメられる現象があった、という話にも戻るんですけどね。
TH:ちなみに、今は、そういう思いを持ちながら何を着るの?
MH:今は一番現場で多いのは、ちょっと厚手の、太郎さんのミリタリー調のパンツとか。ポケットも多いし。上着を何にするかは、その設営や撮影前に決めますね。
TH:面白いなあ。美裕ちゃんも、(音楽家の)蓮沼くんもそうだったけど、どっちかというと“現場派"の皆さんは外に出るからポケットも必要だし、衣服の強度も重視する。一方、(佐藤)允くんや朝吹さんは室内だから、着心地の考え方が全然違う。あの二人は、ポケットの数を気にしていない。
MH:あと最近気に入ってるのは、thの、グレーのロンドンのポリスジャケットは、少し大きいサイズ感も自分好みだったし、まさに「ここ(ポケット)しまえるじゃん!」って(笑)
TH:もちろん、thで気に入ってくれているものを、美裕ちゃん仕様に直すってのもできるよ。
MH:ありがとうございます。
Artist Wardrobe Product
Policeman Jacket Type-B (Artist Wardrobe / MIYU HOSOI ) / black
¥105,600
ポリスマンジャケット タイプビー アーティストワードローブ / ホソイ ミユ。
前シーズンより始まったアーティストワードローブシリーズ第2作品目。今回はthとゆかりのある2人のアーティストとそれぞれのユニフォームを一緒に製作しました。「サウンドアーティスト」の細井美裕氏とは作品展示の設営の際に着用するプルゾンジャケットとカーゴパンツの上下を製作。
しなやかで肌触りのいい風合いとスポーティな微光沢、ナチュラルなシワ感を持ち合わせたナイロン素材です。
特有のタフな強度はそのままに、繊維廃棄物から再生された原料を使用し、環境に優しいのも特徴です。
警察のタクティカルジャケットをデザインベースとしつつ、ミリタリーの要素を加えてアレンジ。襟のファスナーの内側にはフードを内蔵し、突然の雨などにも対応可能。ゆったりしたシルエットで収納機能も高く、セットでは勿論、単体でも合わせやすくなっています。
本商品の取扱店舗
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その他の取扱店はStockistより各店舗にお尋ねいただくか、カスタマーサポートまでメールにてお問い合わせください。














